誰とでも快適に付き合えることを、人付き合いがうまいと表現したり、
あたりさわりない会話をリズミカルに(時折ユーモアでもはさみながら)
やりとりできるようになること、
沢山の人に囲まれていることを、
社会性が高い人だと評価したりする。
そのスキルにあこがれ、磨くために、若いころはずいぶん頑張っていた気もする。
でも、ずいぶん長い間、そういう世界を経て、
今、私が本当に満たされ、喜びを感じるのは、
自分の無防備な心を開き、何の飾りも偽りもなく、
目の前の人の心と触れ合うことができたとき。

内側の真実をみつけたい。
内側の真実につながりたい。
それを共に求めている人との出会いは、奇跡のような必然だと思う。

執着はしたくないけれど、その時間を、大切に育むことができたらいいなぁと思う。
あなたの内側の奥深くにある、何かが私の内側を震わせるから
私はそこに降りていきたい。
わたしの内側で震えている何かが、あなたの内側をも震わせているなら
一緒にそこに降りてほしい。

それは言葉という形をとることもあるし、
なにか感覚的なもの、感情、エネルギー、まなざし
共に過ごす時間や空間。
コントロールや分析とは無縁の世界。
ただ
共に降り、
すくいあげ
共に感じあうということ。

この世界で、
違う肉体を通して、響きあうことができたという体験をお守りに
私は再び私の世界を表現し
あなたはあなたの世界を余すことなく表現し
あぁもう遠慮なく唯一無二のこの命を
生きるだけだ。




