長い長いプロセスを経て、今、共に生きる世界について思っていること。徒然なるままに。 2026.6.22

誰とでも快適に付き合えることを、人付き合いがうまいと表現したり、

あたりさわりない会話をリズミカルに(時折ユーモアでもはさみながら)

やりとりできるようになること、

沢山の人に囲まれていることを、

社会性が高い人だと評価したりする。

 

そのスキルにあこがれ、磨くために、若いころはずいぶん頑張っていた気もする。

 

でも、ずいぶん長い間、そういう世界を経て、

今、私が本当に満たされ、喜びを感じるのは、

自分の無防備な心を開き、何の飾りも偽りもなく、

目の前の人の心と触れ合うことができたとき。

 

 

内側の真実をみつけたい。

内側の真実につながりたい。

 

それを共に求めている人との出会いは、奇跡のような必然だと思う。

 

執着はしたくないけれど、その時間を、大切に育むことができたらいいなぁと思う。

 

あなたの内側の奥深くにある、何かが私の内側を震わせるから

私はそこに降りていきたい。

 

わたしの内側で震えている何かが、あなたの内側をも震わせているなら

一緒にそこに降りてほしい。

 

それは言葉という形をとることもあるし、

なにか感覚的なもの、感情、エネルギー、まなざし

共に過ごす時間や空間。

 

コントロールや分析とは無縁の世界。

 

ただ

共に降り、

すくいあげ

共に感じあうということ。

 

この世界で、

違う肉体を通して、響きあうことができたという体験をお守りに

私は再び私の世界を表現し

あなたはあなたの世界を余すことなく表現し

あぁもう遠慮なく唯一無二のこの命を

生きるだけだ。