父さんの痛みと、愛の表現
父さんは飢えの苦しさを覚えている。
貧しかったころ、世界には持つ者と持たざる者がいて、自分が持たざる者だったときに感じたみじめさを、今も身体の奥に覚えている。
父さんの思い出話のそこここに、幼い少年だった頃の痛みがにじむ。

お金持ちの子がくれた一粒のチョコレートを、仲間とかけらになるまで割って分け合って食べたんやで。小さすぎて味なんてわからへん。
家から塩を盗んで、河原に生えているハコベを川でもんで食べた。ハコベわかるか?ウサギの餌やで。それしか食べるもんがなかったんや。
畑から盗んだ大根を、雪の中にしばらく埋めとくと、シャーベットみたいになって旨かったなぁ。
近所からカキを盗んで食べたら、渋柿でえらい目におうたわ。
兄貴が骨折したときは、小学校5年で病院のベッドの下にゴザを敷いて、そこから学校通ったんやで。小便もババの世話(便のこと)もしたんやで。運動会も病院から行ったんや。
兄貴は家庭教師がついてたけど、わしは、午前4時から家の手伝いや。京都の冬は寒いで。自転車こいで、手首に雪が積もるねや。
今でも父さんの口癖は、
「人間、食べなあかん。」
「金がないと、みじめやぞ。」
それは父さんの身体に深く刻まれた記憶。
その空腹とみじめさをいやというほど味わい、そこから抜け出し、二度と体験しないために、死に物狂いで力をつけてきた。
小さい父さんは、世界は不平等な場所だと学んだのだと思う。
その理不尽さに怒りを抱いて生きてきたのだと、今ならわかる。

84歳の今も、父さんの価値観は惚れ惚れするほど明確だ。
うまいものを腹いっぱい食べること。そのための金を稼ぐこと。
それができる力を持っていること。
子どもたちが同じ痛みを負うことがないようにと、時代に合った力をつけさせるために、教育にはとても厳しかった。
勉強嫌いの私はものすごく抵抗したけれど、食べ物もお金も教育も、父さんにとってはすべて愛の表現だった。
父さんが生きのびてきた世界は戦場のようだった。
その世界で勝ち残る力を与えることこそが、子どもたちへの愛情表現だったのだ。
私は、その価値観を押し付けるな、と父とずっと戦っていた。
こないだ父さんが、ししとうとじゃこの煮物を私の家族と兄の家族にも分けられるようにと、鍋いっぱいに炊いていた。
日課の昼寝もせずに、午後いっぱいかけて、丁寧にししとうのヘタをとり、業者のような量をぐつぐつ煮込んでいる姿を見て思い出した光景がある。

父さんの愛の表現
4、5歳の私が、ひどい喘息の発作で寝ている。身体を少し動かすだけで呼吸が苦しくて、私はほとんど動くことも話すこともできない日がたくさんあった。
ある日、食欲がまったくない私に、父さんが何が食べたいか聞いた。
小さいアーモンドチョコレートが一粒だけ食べたくて「アーモンドチョコ」と言ったら、父さんはすぐに買い物に出た。
帰ってきたとき、父さんはアーモンドチョコを12箱も抱えていた。スーパーの売り場にある全部のアーモンドチョコを買ってきたんだと思う。
父さんはお魚が大好きで、家にいるときには(ほとんどいなかったけれど)必ず食卓に父さん用のお刺身と、その時期のおいしい魚が並んだ。
その身を丁寧にほぐして、頬の部分、骨の周り、おでこみたいなところ。
一番おいしいけれど、食べるのが難しいところを、説明しながらわたしの口に入れてくれる。
私が喜ぶと、父さんが嬉しそうに「免許皆伝や!」と言うから
私はお魚が大好きになった。
父さんが聴こえるようになってから、私は父さんからの愛を受け取ってばかりいる。
思い出すのも、そんな父さんの愛の表現ばかり。
私は愛されていたし、今も愛されている。
理解したら、もう四の五の言わず、降参するしかない。
最近、老いた父さんが急にベトナムでまた仕事をしに行くと言い出して、母が困り果てて、怒ったり、ぶつぶつ言ったり、父と母の間には不穏な空気が漂っていた。
父さんの話をよくよく聴いたら、動けなくなっていく自分が、子どもたちの荷物になるのが耐えられないんだと聴こえた。
それからずっと仕事をして生きてきたのに、今はやることがない。ただ老いていくだけだとも。
今、私が受け取っていることから放つパワー
私は、父さんからやっと今、受け取ることができるようになった愛の話をした。
だから父さんが私の荷物になんて、なりようがないんだと。
ただいてくれるだけでいいんだ。
恩返しさせてほしいよ、
そこまで言ったら、涙が出てきて、言葉にならなくなった。
聴いている父さんも泣いていた。
母さんには、上辺の言葉に惑わされずに、父さんの本当の声を聴く方法を教えてあげた。
父さんはどんな気持ちなのか、その奥にある、本当の願いは何なのか、それだけに耳を済ませるんだよ。
そしたら、母さんは、
「おうた子(おぶった子)に教えられるとは、まさにこのことね。」
としみじみ言ってた。
(母さんとのつながりのはなしは、またどこかで書きたいと思ってる。母さんが私に教えてくれた豊かさは数えきれないくらい沢山ある。)

父さんには、一生わかられない、認められない、と絶望していた。
こんな人とは一生つながれないと、拒絶し続けてきた。
まさか、こんな日がくるなんて、想像すらしていなかった。
けれど今、内側の戦いが本当に終わったのだと思う。
父さんへの抵抗という、内側の戦い。
そして、愛に還っていく。
きっと私は本当に、この父さんとこの母さんを選んで生まれてきた。

あぁ、うまく表現できない。
本当はもっと豊かで、もっと大きくて、深い体験。
肩の力が抜けて、もう何の証明も必要としていない、内側の安心感。
体中に、空気が入る。
深く深く、呼吸ができる。
時代がひとつ、終わったことを感じている。



