ずっと自分の痛みを癒すための旅を歩んできたのだと思う。
助産もブレスワークも、その旅の途中で出逢った。
兄の死に絶望し、もう目をそらせないほどの痛みが噴き出した。
けれど今思えば、それはきっかけにすぎなかった。
子育てもまた、
私が幼い頃に抱え込んだ痛みを、
もう一度感じ直し、迎えに行くための旅路だった。
たくさんの学びがあった。
たくさんの人に出逢い、別れた。

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砂漠の夜。
力強い星の光が瞬いている。
道はない。
だけど、その光の方向に進めばいい。
それだけはわかっている。
2023年頃からはなぜか、そんなイメージをもっていた。
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6月25日に46歳の誕生日を迎えて、今まで受け取ってきたことを一つひとつ書き出してみようと、ノートの前に座った。
目に見えるもの。
目に見えないもの。
時代も世代も超えた、何層にも重なる、網の目のようなサポートを受け取りながら今、ここにある私の命。

漠然としていた感覚が、文字に起こしていくごとに確信に変わっていき、圧倒される。
とても書ききれないほどに、私の命はどれだけ支えられ、多くを受け取っているのだろう。
「私が!私が!」
と声高に叫んで、なんと傲慢に生きてきたのだろう。

私が私の命に降参し、
「あぁ、
もうこの命に自分の身体を使ってもらおう」
と委ねれば、外に癒しを求めていた長い旅が、静かに終わっていく。
痛みはある。
そこに伴う感情も。

けれどそれは、今まさに再び傷を受けたかのように、そのインパクトの大きさにフリーズしたり、隠したりやり返したり、何としてでもわからせなければならない類のものではない。
その痛みも感情もあった。
そして今もあるんだね。
【AND WHAT DO I CHOOSE?】
そして、今、私は何を選ぶの?
愛がある。
怖れがある。
痛みも不安もある。
そのどれをも分離する必要がない。
そのすべてが同時にあっていい。
癒しは、痛みを手放し、感じなくするということではないのだから。
今、私にとっての癒しとは、痛みがあることを赦し、寄り添い、涙を流せるということ。

無防備な柔らかい涙を。
【痛みと愛は共に在れる】
新たな旅が緩やかにはじまっているのを感じる。
さぁ
癒しの旅から、統合の旅へ。

今まで出逢ってくださった方、これから出逢ってくださる方への心からの感謝とともに。
この命を使って、私は私を生きていこう。

2026年6月29日46歳の今
ブレスワークガイド/助産師もりたもえ



