【聴く、ということ 聴こうとするということ】
メンタルモデルやレゾナントコミュニケーションを学んでいる中で
聴くということの力を教えてもらった。
その言葉の奥にあるものが、あぁ、本当にわかった、
というところまで【相手を聴く、わかろうとする】ということ。
それは私のマントラとなる。きっとこの先もずっとずっと。
【父が聴こえる】
先日、引っ越したばかりの両親の家でみんなで夕飯を食べて
父さんが剥いた文旦を夫が口に頬張ってた。
末っ子は夫の肩の上で肩車されている。
その光景が当たり前の日常としてあるのが本当に不思議で
けれど確かに、私が感じ取れる平和だった。
安心で、安全で、穏やかな、私の目の前に広がる平和。
【父とのこと】
数年前まで、一緒に食事するだけで、心が削られるような感じがしていた。
完全に断絶していた時期もある。
それはあきらめだった。
価値観がちがう。
どんなに言葉をつくしてみても、どんなに感情をぶつけてみても、
結局理解されないことに絶望するだけだった。
【聴こうとすることを決める】
父を聴こうとする、父の世界をわかろうとすると決めた頃は、
毎回、自分自身をものすごく整えて、集中することが必要だった。
父の家に向かう一歩一歩がマーチの様だった。
「自分を置いて、聴く」
「自分を置いて、聴く」
「自分を置いて、聴く」
その言葉の奥に何があるのか。
父さんが生きている世界はどんな世界なのか。
40兆個の細胞全てを傾けて、【聴く】に集中し続ける。

【そして本当に】
一度は分断した関係性が、幼い私が欲しかっただろう、つながりの世界へと変わっていく。
それは見たこともない、想像したこともない世界だった。
父さんの言葉の奥の気持ちが聞こえる。言葉の奥の世界が見える。
そこからの願いが聞こえる。
父さんが懸命に生きてきた人生が。
その世界で、父さんは強く生きてきた。
だからこそわたしに伝えたい思いがあるんだね。
【後悔】
ああ、この耳を、この聴こえる耳を20年前持っていたなら
ああ、この耳を25年前持っていたなら、
もしかしていろんなことが違ったかもしれないな、とも思う。
特に長兄の世界を聴こうとしなかった自分自身の幼さを思い出すと
心がギュッとする。
だけど【わかられない】という体験を繰り返すこともまた
私の人生の中できっと必要なことだった。
だからこそ、反抗を力に変えて、
誰から何と言われようと突っ走って生きてきたのだから。
過去を否定するのはやめよう。
過去の痛みを、学びに変えるんだ。
今できるのは、それだけ。
【そして今、目の前の人を聴こうとすること】
これからだって、聴こえないことがあるだろう。
聴きたくない、自分の感情が荒れ狂う時もあるかもしれない。
あきらめたくなる時だって。
その時は自分を聴こう。
その奥には何があるのか。
わたしは、何を求めているのか。何が損なわれているような気がするのか。
わたしが、わたしの神聖な願いにつながることができるまで。
そして再び、目の前の人に向き合おう。
何度でも何度でも。
聴こうとする耳を持って。
わかろうとする心に戻って。
それがきっと私がほしい、平和。
私から始まる小さな小さな波紋。
きっと私が創り出せる、つながりの世界だから。

関連ブログ: 父とのこと



