子供との生活を通して、はじめて私の世界が、私が創り上げた私だけの世界だったということに気付いてきたのかもしれないな、と思ってきた。
小、中、高と、自由がないことを嘆き、大人は自分を抑圧する存在と決めつけていて、私の「好き」「嫌い」は重要に扱われず、やるべきこと、習得すべき事柄は、外的な何か、自分より偉いとされている誰かから決めつけられる、と感じてた。
どこかでちゃぶ台を返すまで、本当に、息するのもしんどいくらいに絶望してた。
どん底の絶望を脱した後も、何らかの不安定さをいつも抱えていて、向精神薬に依存したり、電車に乗られなくなったり、急に約束をキャンセルしたり、感情は、ジェットコースターみたいにアップダウンを繰り返してて、アップの時にした約束を、その日を迎えたらダウンの極み、もう布団から出られません、みたいな状態で、それを明かすこともできず、熱とか、家族の不幸とか、多分ばれてるだろうな、っていう嘘をひねり出し、ドタキャンする、なんてことが日常だった。
酔っぱらって、誰彼構わず電話しまくり、翌日、ほとんど覚えてないけど、断片的な映像やことばの記憶から、多分やらかしたんだろうな、また絶望して布団にくるまるってことも散々あったっけ。
お酒と向精神薬。
あの頃の記憶はすごく曖昧で、靄の中。
長女を妊娠出産し、子育てが始まったとき、私は身体に還ってきた。
漠然とした「なんで生きるんだろう」みたいな、哲学的だけど、生活から逃げる言い訳として絶好の問いから、「陣痛、腰折れる!だっこ、おんぶ、おしっこ、ウンチ、おっぱい」みたいな、身体の感覚にべったりの、「生きることは生活することしかない」という世界に気付いたら引っ越してた。
この目の前の、小さい、いのちとのつながりは、わたしがケアしなければ生存できないという時点で絶対的で、へその緒が切られて二つの身体になったからって、私のいのちの一部だ。
わたしは命をまもるための時間を生きる。
それは、高尚な問いなんて立ててる場合じゃない身体の欲求のもろもろ。
おっぱいをあげること。オムツを変えること。
泣いていたら抱っこでゆらすこと。
わたしが行く全ての場所に、この小さいいのちは一緒についてくる。
からだに刻みこまれた、わたしと子どもがニコイチだった時代の感覚。
私の体の一部のように、一体化していた。
手をひらひらさせて、身体を発見していく人に驚嘆する。
あぁ、春の雨って温かいんだ。顔を濡らすってこんな感じ。
子どもと一緒に過ごしながら、その感覚をひとつひとつなぞるような日々。
「いきるということは、身体が生きているということ」
子との生活の中で、からだの感覚を思い出したとき、わたしは初めて地球に根をはやし、安心したような感じがした。
息ができる。
息ができる場所がある。
あ、そろそろかな、って思うだけで乳が湧いてくる。
小さいいのちはわたしの胸に顔をうずめ、必死で息継ぎしながら、あふれ出るパイを飲む。
子育ては、私の世界から子どもたちを切り離すこともまた、含まれているような気がする。
感覚だけの世界から、少しずつことばの世界にやってきて、子どもたちの生活圏は広がっていく。
わたしは自分が子どもだった頃の感覚を思い出し、わたしが負った同じ痛みを、苦労したと思っているその苦労を、子どもが体験しないようにと、子どもたちを支配しない、自由を尊重する、ということを最重要課題として、(むしろそれくらいしか大切じゃないと)やってきたつもりだった。
けれど、私が痛いと感じたことと子どもたちが嫌なことは違った。
長女は、わたしが苦しくて仕方なかった義務教育の中で明文化された、あるいは暗黙の様々なルールの中で、目立たず突出せずに、「なじむ」ということの中に居心地のよさを感じていた。
彼女にとってはある程度の枠組みがある方が安心だったのだと思う。
次女は、鉄砲玉のような激しさを持つけど、その激しさで彼女のリアリティを変化させる、思いを実現させる力として使う、みたいな力も持っていて、このあいだは納得いかない校則について、友達をひきつれて、先生たちに直談判しにいってた。
ごく普通の公立の小学校で、生徒の気持ちを汲んで先生の中で議論が行われる、生徒と先生たちとの対話が生まれる、なんてことはなく、言葉にするなら結局大人の都合で丸め込まれた、というよう理不尽さを感じて、くやしさをにじませてたけど、私はその姿をすごく頼もしくおもった。
彼女の年齢の頃、私は頭の中で反抗し、抑圧の中で窒息しかかっていた。
彼女はそれを力に変える。
彼女のそんな姿をみながら、でも、小学校の延長上にある地元の中学では、さらにルールが増えるし、いっそうのこと、自由を重んじる学校を受験する?と聞いたら、少し考えてから友達と一緒に公立に行く、と言ってた。
彼女なら、どこにいても大丈夫だろう。そう感じさせてくれる、力を持っている。
苦労はするだろうし、あちこちのルールや規範みたいなものの中で理不尽さも感じるだろうけど、その理不尽さをあきらめず、鼻息荒く、彼女を顕す、その感覚を、持ち続けてほしいな、と思う。
これも私の世界から彼女を見た、私のエゴかもなぁ、って思いつつ。
学校大好き(というか友達大好き)で毎日ランドセルを放り投げては、彼女のリアルライフをせっせと生きていて、もっと年がいって力をつけたら、苦労したり、怒ったりしながらも、体当たりで、自分のほしい世界を創り出していくんだろうな、という、夢を私は彼女に見ている。
末っ子はまだまだ、感覚の世界で、見えない敵と日々戦い、安心するためにわたしの抱っこに戻ってくる。
夜は絵本をよんでほしいし、手をつないでおはなしを聞きたい。
私はまだまだ赤ちゃんらしさを残した、柔らかい身体を抱きながら、彼にはどんな場所が息しやすいんだろう、と考えてる。
私の息苦しさは、子どもたちの息苦しさじゃない。
一体化して、盲目にならないように。
子供たちはわたしには見えなかった道を歩き、そこにはわたしが知り得なかった世界が広がっているはずだ。
だから、守る、という名のもとに縛る、ということにならないように。
わたしは、わたしの道をあるき、子どもたちには子どもたちの道がある。
私のお腹に宿った、私の身体から生み出された命。
けれど別々の人だから。違う道を歩く人への敬意を持って。
まなざしていければ、それでいいのかもなぁとおもう45歳4月8日。



