徒然なるままに~兄に伝えなかったこと~

長兄が亡くなって、ずいぶんの間、私の中から離れなかった疑問がある。

 

兄が最期の一歩を踏み出すその瞬間

彼の中には何があったのだろう、

誰がいたのだろうということ。

 

母だろうか、父だろうか、もう一人の兄だろうか、私だろうか。

友人たちだろうか、かつての恋人だろうか。

 

けれど、何者も、今生に彼をつなぎとめるほどの力を持たなかったという事実に何度も気付き

20代の私は悲しみ、混乱し、打ちのめされ、絶望した。

 

兄はもう戻ってこない。

兄に再び会えることはない。

 

わたしは、兄に伝えるべき言葉を伝えていなかった。

伝えようと思ったこともなかった。

そんな思いが、私の中にあることすら、無知な私は気付いていなかったんだ。

 

私があなたを愛しているということ。

私にとって、あなたは唯一無二で、あなたが大切な大切な存在だということ。

 

 

私は、兄に、ただ生きていてくれるだけでいいんだ、

ただ息しているだけで、それだけでいいんだと

一度も伝えたことがなかった。

伝えようと思ったこともなかった。

 

 

兄がいなくなった部屋に入ると、きれいに片付いていて、

空っぽの引き出しの中に、私が中学生くらいの時にあげた

てっぺんに羊のマスコットがついたパステルカラーの鉛筆が

きれいなまま、コロンと転がっていた。

 

私はそれを見て、声を上げて泣いた。

 

巻き戻らない時間のはなし。