人は潜在意識と顕在意識をつなぎ、内的世界を物語ることができる

頭を発達させてきた人間には、潜在意識と顕在意識をつなぐということが必要だったのだと思う。

昔からわたしたちはそれをやってきた。

瞑想、祈り、祭り、ヨガ、

世界各地に伝わる様々な儀式的なもの。

あるいは宗教すら、そのひとつの形だと捉えられるのかもしれない。

土地土地に、祈り場があり、人はそこを訪れ、神聖な場の力の中で自分の中にある霊性と対話する。

すべてはつながっている

深く、深く潜在意識へ降りて行ったとき、そこではすべてがつながっているという感覚の中に入ることがある。

すべてがあり、すべてがつながっている。

自分の命は、その中のほんの小さな一部であり、自分の命は全体の現れでもある。

 

とても体験的で、感覚的で、説明がつかず、知識では得られない体感。

 

その圧倒的なつながりの感覚を、神と呼ぶ人、宇宙と表現する人、大いなるもの、源、ソース、命、全体性、ワンネス、魂、様々な名前を持ちながら、けれどやっぱりそのすべては、同じ感覚、同じ世界を指しているのだろうと思う。

 

その、自我では計り知れない大きな何かに触れる体験を、今まで何度かしたことがある。

自我では計り知れない大きな何かに触れる体験

 

18歳の時に立ったグランドキャニオンでの圧倒的な体験。

「地球が、はだかんぼうで呼吸している」

「この大地の前には、私はちっぽけな粒子でしかないんだ」

 

その体験の後に読み漁ったネイティブアメリカン小説の世界の中で。

 

どんなに泣き叫んでもゆるぎなくそこにあった【兄の死】と

肉体のない兄の存在への不思議な信頼

 

壮絶な痛みの果てに知った、私のいのちの力と新生児の産声、体温、胸の上に感じる重さ。

 

ブレスワークという呼吸の旅。

 

そして私は導かれるように、人を看取り、お産に立ち会い、呼吸を通して潜在意識へと漕ぎ出していくブレスワークをガイドするようになった。

 

そのすべては、思考を超えた世界だった。

私のちっぽけな自我が、予測やコントロールできる世界ではなかった。

 

だからわたしは、潜在意識と顕在意識を【言葉】でつなぐ、ということにどこか懐疑的だった。

【言葉】と潜在意識

【言葉】は思考を使い、理解するためのもの。

整理し、名前を付けるもの。

 

形のないもの、動き続けているエネルギーを【言葉】で表現することで、どこか固定してしまうような、コントロールするような居心地の悪さがあったから、体験的な内的な世界を言葉にするのは不可能だと感じていたのだと思う。

 

言葉で捉えたその瞬間に、もう、そのままの体験とは形が変わってしまっている。

 

それなのに、私はブレスワークを【言葉】を使ってガイドしている。

その矛盾。

 

ブレスワークを言葉でガイドする私は、私は呼吸する人の体験を固定してしまっているのではないか、

「潜在意識を自由に旅してください」

と言いながら、思考の世界に導き、私の世界に誘導しているのではないか。

 

湧き出てきてしまう言葉を紡ぎながら、葛藤と後ろめたさを感じていた。

 

その疑問が解けてきたのは、みぃちゃんとの出会いがあったからだ。

 

ここ数年の由佐美加子さんからメンタルモデルと、NVC(由佐美加子さんの世界では、レゾナントコミュニケーション)を学ぶ中で、由佐さん(以下みぃちゃん)が言葉を潜在意識と顕在意識をつなぐ橋として使う姿を見、体験してきた。

 

その数年間のプロセスの中で、私は言葉に対する信頼をとりもどし、何より、自分の言葉への信頼を深めてきたのだと思う。

 

場をホールドするとき、ブレスワークをガイドするとき、

私は自分の奥深くから湧き出る言葉を、身体を通して溢れさせる。

 

言葉は「紡ぐ」というより、「紡がれ」

「考える」というより「降りてくる」

 

私は私の身体と声をただ、【場に置く】。

そして、流れに委ね、何か大きなものに、私を使ってもらうだけだ。

それを信頼するだけ。

 

場にいる皆は、潜在意識という海を、共に旅しているのだから。

もっと言うなら、このひとつの世界を、ともに生きているのだから。

 

わたしたちは結局ひとつの大きな流れの中で、共にたゆたっているだけなのだから。

私の命の奥深くからある一瞬、【ことば】という形をとってあふれるものは、あなたの奥深くのどこかでいつか、響いたものなのだろう。

 

私たちが命の奥底に、共通にもっているものへの信頼。

 

それをいつの間にか、自然なかたちで取り戻していた。

そして今、さらに深く理解しているのは、

潜在意識と顕在意識の両方で、自分の命を理解できたとき

体験だけではなく

言葉だけではなく、

身体と言葉の両方から、自分の命の真実に触れられたとき。

 

「あぁ、本当にわかった」

「私の命は私にこれを求めている」

その納得感が生まれる。

 

そこにはもう、自我が抗う余地がない。

命の前に頭を垂れ、地にひれ伏す。

 

頭と肚が、心臓を貫き、つながるような一体感。

 

外側と内側の乖離が溶けていく。

 

その圧倒的な感覚は刹那かもしれない。

 

日常の中で、再び、分離を味わい、痛みを感じるのかもしれない。

 

けれど、一度つながったその感覚を、身体は忘れようもない。

 

それはこの日常を「私」が生きるお守りとなる。

 

そして言葉で私は問うだろう。

「それで?これからどう生きるんだ?」

「それで?今、何を選択するんだ?」

 

私は私からのその問いに、この身体で答えることができる。

 

言葉は固定するものでもあり、潜在意識と顕在意識をつなぐ橋となることもある。

 

私は今その言葉を信頼し始めている。

 

お知らせ

呼吸による潜在意識の旅、ブレスワークと聴きあうということを通して、場を紡いでいます。

※2026年5月30,31日に、呼吸による潜在意識の旅ブレスワークとそれぞれのライフストーリーを語り聴くリトリートを、助産師板垣文恵さんと共に5人限定で開催します。

横浜で開催です。

5月30日午前中集合、夕方解散です。

あらかじめお席を取りたい方はmoetmorita1122@gmail.comにご連絡下さい。

 

※オンラインで個人セッションを行っています。

現在提供しているセッションメニュー/2026年

 

※グループセッション:半年間をかけて、呼吸、語り、聴く、ということを通して、自分の純粋な命にふれていく場を紡いでいきます。