新生児 産褥 名前 夢の中の日々

新生児はまだ、こちらの世界の人ではない。ひょいと、それはもう自然にあちらに帰ってしまいそうな儚さがある。

きっと彼らの世界の境界線は曖昧なままだろう

子宮という、完璧な平和と調和の中で、規則的に響く母の鼓動を聞いていた世界と、こちらの世界を行き来しながら、いる。

 

 

時々、ものすごく物事がはっきりすることがある。

 

不快感が襲ってきて、完璧な穏やかさを破る。

 

ゆうりは全身全霊で喉を振るわせる。

とてもおおきな顔がゆうりを覗き込む。

 

暖かい手に包まれてゆうりはとても満たされる。

甘くて暖かくて、やわらかいものがゆうりの口の中に流れ込む。

 

この美味しいものを飲むのはとても骨が折れる。

息をするのを忘れずに、一生懸命あごを動かさなければならないのだ。

 

しばらくすると、ゆうりは満たされ、また完璧な調和の中に引っ張られていき、とろとろと夢の中を浮遊する。

 

ゆうりが今生きている世界を、そしてすべての新生児が生きているであろう世界を私は想像し、泣きたくなる。

ぼろぼろの、開ききった体で、ゆうりが喉を震わせる度に、切れた乳首をゆうりに差し出す。

 

あの時期は、私も一種の夢の中にいるようだった。

とてつもなく弱っていて、けれど、とてつもなく幸せで、朝も昼も夜もなくて、ただただ乳を差し出す日々。

私の身体は、赤ん坊が出てきた後、本当にただの使い古された容れもので、私の意識はそこを出て、終始ふわふわと浮遊している。

 

 

赤ん坊はゆうりになった

赤ちゃんが生まれると2週間以内に、出生届をださなければいけないのだけれど、夫は全くあせっている様子がなかった。長女のサリアは、小学生らしい考えの、例えば、夫の亮、もえ、サリアから一文字ずつとって「リモサ」は?等、とんちんかんな名前ばかりを提案してきた。

いつもなら笑って聞ける、そんなかわいらしい発想も、この時は私の不機嫌さを触発するスイッチでしかなかった。

 本当にもうギリギリになって、それでもみんながしっくり来る名前がなくて、妊娠中に考えていた名前の中で一番よさそうなもので出してしまおうとすこし投げやりな気持ちになっていると、サリアがだだをこねた。

 

 久しぶりに手がつけられないほどの泣き方で、

「ゆうあはだめ、ゆうりじゃないと!!」

「サリアのリをつけて欲しい」

と懇願した。

 

 夫と私は顔を見合わせた。

 

ゆうり。

ゆうり。

 

完璧な響き。

 

 

 母に名前が決まったことをメールすると、

「サリアと、ずっと姉妹仲良く結ばれているようにということね。とてもいい名前ね」

と返事がきた。

ああ、響きだけではない、そういう意味だったのか、だからこんなに腑に落ちたのか。

 

それで赤ん坊の名前はゆうりになった。

 

ゆうり、とよびかけると、もう彼女が生まれるはるか昔から、彼女の名前は決まっていたかのように、ゆうりらしく居るように見える。