家族に還っていく

昨日、父の手術が終わった。

昨年のちょうどいま頃、肺がんの摘出手術をし、今回は2度目の肺の摘出。

高齢で、足腰も弱くなってきている今、もう一度侵襲の大きな手術という治療を選択することが、父らしく残りの命を全うすることにつながるのか、私は疑問を持っていて、それを父に伝えたこともあったのだけど、兄や医師と方針を話し合う中で、結局父は2度目の手術を選択した。

 

その結果を伝えられた時、私は「私の思いが聴かれなかった」体験として認知し、残念さと、悲しい気持ちを抱いた。

(兄や医師の意見しか父は聴かなかった。男や知識のあるものの声を重要なものとして父は聴く。

私の声は父にとって小さく、無学な、女の声、という、幼い時に私が創り出し、何度も再生してきた私の信念に紐づいている)

けれど、私の無念さを置いて、父の中にある、父の本当の思いにつながり、聴こうとしたとき、父らしく残りの人生を生きたいからこそ、父が治療を選択したことが分かってきた。

それが父の思いなら、わたしも出来ることをサポートしようと、肚を決めた。

これは大人になった私の意志。

 

 

そして昨日。

とても長い一日だった。

 

狭い病院の個室に母、父、次兄、私がいる。

 

手術の入室を待っている間、父が

「俺は幸せ者だ、朝早くからみんなが集まってくれて」

と言った。母さんは

「ほんとにね。」

と。

私はなんだか不思議な気持ちだった。

考えてみれば、家族が揃ったのは1年以上ぶりだ。(家族が集まると、どうしても抑圧された小さなもえちゃんが大暴れして、その後しばらく呆けてしまうので、そういうシチュエーションをなるべく注意深く避けてきた。)

 

あぁこの家族の中でわたしは育ったんだなぁ。

45歳の私と、小さなもえちゃんが同じ肉体の中に一緒にいるのを感じる。

亡くなった長兄の身体はもうないけど、何故かそこに存在はあることも感じていた。

 

看護師さんが迎えに来た時、みんなが父さんと握手をして、頑張って、と伝えた。

入れ歯を抜いた父さんは、かつての力強い、大きな、パワーの象徴の面影はなく、好々爺にみえる。

 

 

重要な会議がある次兄の代わりにわたしと母が手術が終わるまで病室で待機。

ときどき窓の外を眺めながら、亡くなった兄がいるのを感じたりしていた。

そしてあぁ大丈夫だ、と思った。母さんはウロウロと落ち着かない。

 

予定時間を随分すぎてから呼ばれ、まだ術衣を着たままの医師の説明を聴いた。

2度目の肺の手術は、癒着がひどく、手術時間のほとんどはその癒着をはがすための時間だったそう。出血も多くなく、手術自体は問題なく終わったとのことだった。

 

病室に帰ってきた父は、酸素マスクや胸腔ドレーンやらいろんな管やらにつながれているのに、

「お昼ご飯たべたか?」

と弱弱しい声で私と母さんの心配をしていた。

父さん、もう4時近くだよ。

 

きっと今日は父さんにとって長い夜になる。麻酔が切れれば痛みもあるだろう。

 

その夜を、父さんがなるべく痛みなく、安心の中で眠れますように。

そして気が付いたら新しい朝がきていますように。

 

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