2025年 怒りを迎えに行く

2025年年末

自分の【怒り】というものに、

向き合うプロセスがあった。

ある出来事があって

私は、火炎放射みたいに怒りをぶっぱなして、

相手を黙らせた。

私が本気で怒りを表現する時

私の肚の中は火のように熱くなり

その熱量を一ミリも弱まらせないように

一番破壊力の強い方法で

表現する。

高校生くらいからはずっとこの方法。

親をはじめ、兄弟、

学校、先輩、上司、

テレビから流れるニュース

相手が人間であれシステムであれ

戦う内容は違えど

私の中にあるエネルギーは同じ。

私の真実にそぐわないものに対する

熱い熱い怒り。

この怒りの中に、

何があるんだろう、

2025年末、

ずっと感じていた。

浮かんできたことばはこれ。

「それはお前の世界だろう?」

どうして、決めつけるんだ

どうして、私の自由を奪おうとするんだ。

無意識レベルで

相手のコントロールを感じとったとき、

そこにさらに、

相手の善意や

相手の世界の正義を感じとったとき

私の中に虫酸が走り

腹の底が熱くなり

熱さにさらに自分自身で油を注いで

度を越した怒りの表現を

破壊的な力を

私は何度も呼び覚ましてきた。

今、怒らなければ

その怒りを飲み込んでしまったなら

私が、何か見えない枠の中にはめられて

自由を奪われてしまうことへの怖れ。

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目を閉じる。

深呼吸。

呼吸をまわしはじめる。

瞼の裏に浮かんでくる景色がある。

小3から小6まで過ごした

自分の勉強部屋で私が座っている。

狭い部屋にひとり。

トイレ以外は出ちゃいけない。

受験に縛られていた。

本を読むことも、

日記を書くことも、

自分の表現は

すべて隠れてやらなきゃいけなかった。

息を潜めていた時代。

今の私は、45歳の大人で

すでに小さな部屋の中にはいない。

私は心も身体も自由なはずで

誰も私をコントロールなんてできない。

なのに

正しさや

善意をまとっていたとしても

無意識レベルのコントロールを誰かから

感じ取ったとき、

あの圧迫され

息ができないような苦しさを

二度と感じてなるものか、と

私は火炎放射をぶっぱなすんだと思う。

それは

「もう二度と、あそこには戻らない」

という、

身体の誓い。

私の人生は私が決める。

どんなに小さな選択でさえ

どこの誰にも口出しさせない。

だけど、

私が望んだはずなのに、

火炎放射をぶっ放し

つながりを断ち切ったあとは

何故か虚しさがべっとりと残ってる。

だから決めた。

今、怒りを迎えにいこうと。

今、

大人の私が迎えにいく。

そうやって、

本気で自分の怒りに向き合っているとき

エルダーに言われた。

もえちゃん、

怒りの前に我慢があるかもね。

怖れを抑圧すると

怒りとして暴発することがあるよ

~つづく~